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R18BL小説『ESCAPE』(322)

R18/BL小説 『ESCAPE』

epilogue「至愛」 
322ページ
更新しました。

*****

 この本は、僕が生まれた頃に書かれている。


 主人公と、女性の名前は違うけれど、確かにこれは、父さんと母さんの話だと思う。


 確かに、父さんは僕を愛してくれていた。


 もしかしたら、生まれた時から、一人の人間として。


 僕は、母さんの代わりなんかじゃなかったのかもしれない…。



「… なんてね。」



 全部、僕の妄想に過ぎない。


 タキさんからの手紙にはいつも、口には出さなくても、父さんは僕に会いたがっていると、ひとこと添えられている。


 本当にそうだろうか。


 父さんは、タキさんと暮らしている今が、幸福なんだと思う。


 タキさんは、父さんの仕事のマネージメントを含む、助手をしている。


 僕が、生まれる前からずっと。


 家政婦と、勝手に思い込んでいたのは、僕。


 そして、父さんが母さんと出逢うよりも、もっとずっと前から、


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R18BL小説『ESCAPE』(321)


R18/BL小説 『ESCAPE』

epilogue「至愛」 
321ページ
更新しました。

*****

 久しぶりに降り立った懐かしい駅は、


 あの頃、修復工事をしていた、木の温もりがあった駅舎も、もう昔の趣きは感じられない。


 中学へ行く途中に渡っていた、すぐ側の踏み切りも無くなって、いつの間にか高架になっていた。


 電車を降りて、改札を抜け、駅前にある横断歩道は、前は無かった信号機が、誘導音を鳴らしている。


 信号機が点滅する横断歩道を、走って渡ると、


小さな路地を入った数メートル先に、斜面に沿って続く、長くて急な石の階段がある。


 ずっと先にある女子大の学生が、『心臓破りの階段』と、嘆くのをよく耳にしていたっけ。


 この階段が好きだった。


 不揃いの幅の石の階段は、あの頃のままなのに、


 古くなって錆び付いていた手摺が、真新しくなっていて、太陽の光で、銀色に反射している。


 きっと、毎日ここを通っていたら気付かないかもしれないけれど、


 あれから、もうすぐ6年になる。 その間に、僕の好きだった景色も、少しずつ変わっている。


 あの頃、僕だけが変わってしまったと思ったりしていたけれど、


 時と共に変わっていくのは、周りも同じ。


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R18BL小説『ESCAPE』(320)


R18/BL小説 『ESCAPE』

epilogue「至愛」 
320ページ
更新しました。

*****

 
 好きな人と想いが通じ合うって、こんなに幸せなことだったんだね。


 あんなにいつも、何かが足りなくて、あんなにいつも渇いていたのに。


 愛って、どんな快楽よりも満たされる。


 少し開いたままだった障子の隙間から、そよ風が桜の花弁を運んで、シーツの上に落とした。


 ーー ああ…、廊下の窓を開け放したままだったな…って、ちらっと思う。


 高い塀があるから、見えないと思うけど、もしかしたら僕の声が、家の前の道まで聞こえてしまったかもしれないな。



「… ふふっ……」



 思わず口元を緩めてしまった僕に、教授が艶然と微笑んだ。



「… 思い出し笑いかい?」



 荒い息を吐きながら、優しい瞳が僕を見下ろしている。



「…… ん…、世界中の人に先生のことを自慢したいな…って……、ん…」



 そこまで言った僕の唇は塞がれて、律動が激しくなっていく。



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R18BL小説『ESCAPE』(319)


R18/BL小説 『ESCAPE』

epilogue「至愛」 
319ページ
更新しました。

*****


「… あ…、」


 背中の手が、なぞるように腰へと下りて、広がりそうになる甘い快感を逃すように、僕は身を捩った。



「… ダメ …ッ ん…」



 だけど、逃げようとする僕の腰を引き寄せながら、抵抗しようとする声は、教授の唇で塞がれてしまう。


 僕の閉じた唇を、こじ開けるように舌を挿し込まれる。


 
「…… ん…… ッ……、」



 … 駄目… と、頭の中で浮かぶ弱い抵抗は、絡み合う舌に、流されそうになる。


 シャツの裾から滑り入ってくる教授の手に、腰の奥が熱く疼いた。


 合わさった教授の身体の中心が、僕を求めて熱く硬くなっているのを感じる。



「…… だ… め…。」



 なんとか唇を僅かに離して、訴えた声に、甘い吐息が混じってしまう。



「伊織……。」


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R18BL小説『ESCAPE』(318)


R18/BL小説 『ESCAPE』

epilogue「至愛」 
318ページ
更新しました。

*****


 キャンバスに向き合うその人の


 肘まで捲った制作着の袖から覗く、腕の筋や、絵筆を持つ長くて繊細な指。


 少し長めの前髪を、神経質そうに掻き上げる仕草。


 見開きに載せられた数枚の写真の、そんな細かいところに、僕は……。


 その時の僕は、教授に父さんを重ねてしまっていた。


 それと同時に、どこか憂いを含んだような漆黒の瞳や、影のある微笑みが、僕の心を掴んで離さない。


 繊細なのに、迫力ある作品の、背景に見えてしまう切なさを、僕は感じ取ってしまっていた。


 雨宮 侑 って、どんな人なんだろう。


 この人のことを、もっと知りたい。


 そう思うと、いてもたってもいられなかった。


 あの頃、ただ捨てられたくないと、父さんの大切な本当の子供になりたいと願っていた僕にとっては、


 教授との出逢いは、もしかしたら本当の初恋と呼べるものだったのかもしれない。


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